面白い電子制御の話6

安くて大きくて丈夫なエレクトロニクス

〜 ポリシリコンと電子デバイス 〜

2000.12.11

電子デバイス講座  北原 邦紀


「ポリ」ってなに?

 ノーベル賞の報道で、導電性(伝導性)ポリマーが話題になりました。ポリマーは「重合体」、 分子が鎖や網のようにつながった物です。では「ポリ」とは何でしょうか。poly、「多くの」という意味です。 理科辞典や英和辞典をひくとpoly-がついた言葉が物理・化学・生物の分野にまたがってずらりと並んでいます。
 でもここでお話する「ポリ」はその中のひとつだけ、「ポリクリスタル」です。「多結晶」 とも呼びます。以下では「ポリクリスタルと電子デバイス」について述べたいと思います。

「クリスタル」

 まずクリスタルの説明をしなければなりません。結晶のことですね。長野県知事・田中康夫さんのデビュー作が 「なんとなくクリスタル」でした。一般には透明な輝きをもったものをクリスタルといいます。 物理ではもっと厳密な定義があります。理科辞典を書き写してみましょう。 「空間的に周期的な原子配列をもった固体物質で、空間格子構造をもつ。」雪の結晶を思い出して下さい。きれいに六方向に広がっていますね。六つの花というような俳句の季語にもなっています。 あの細部にも周期的な形があります。あとは天然の石英(水晶)です。これも規則性のある面を持っています。宝石のことを忘れていました。やはり規則正しい面を持っており、これが輝きのもととなっています。
 エレクトロニクスにはクリスタルがたくさん使われています。トランジスタや集積回路の材料となるシリコンのことです。 シリコンの作り方にはハイテク技術が結集されています。まず、シリコンを坩堝(るつぼ)の中で高温(1400℃)で溶かしておきます。そこに種となる小さな結晶を漬け、徐々に引き上げていきます。みょうばんの結晶作りの実験をやったことがありませんか。あれと同じです。 うまく太さを増して、20から30センチの直径をもった結晶を作り上げます。これをスライスして磨いて、ウエーハと呼ばれる円板状の結晶とします。ウエハースと呼ばれるお菓子も同じで、waferです。このシリコンは一つの結晶からできているので単結晶(シングルクリスタル)と呼びます。

「ポリクリスタル」

 やっとポリクリスタルの話です。上に述べた単結晶は作るのが大変で高価です。直径もずいぶん大きくなったとはいえ、限界があります。サイズの小さなトランジスタや集積回路を作るにはいいのですが、エレクトロニクスでは大きければ大きいほどいいものがあります。液晶ディスプレイと太陽電池です。ただし、邪魔にならないように薄いこと、壊れないように丈夫なことが必要です。安くて、大きくて(大面積で)、丈夫という需要にこたえるのがポリシリコンです。 ポリシリコンはシリコン結晶の集合体です。ちょっとイメージが掴みにくいかもしれませんが、実は金属も多くはポリです。結晶粒は小さくて顕微鏡でないと見えません。しかし結晶の粒を意識的に大きくした金属もあります。結晶ごとに異なった反射が起こるので、きらきら輝いてきれいです。装飾品にもなっています。

「太陽電池」

 太陽電池は身の回りにたくさんあるので見て見ましょう。松江市内では堀川の周辺の照明に組み込まれています。道路標識や歩道の埋め込み照明にもついています。 主に単結晶シリコンとポリシリコンの二種類の材料が使われています。ポリシリコンを材料とするものは結晶粒がきらきらと光っていますので、よく見ると区別がつきます。ポリシリコンは角型、単結晶は円形ウエーハから切り出しているので太陽電池中のシリコンの形を見ても分かることがあります。
 太陽電池用ポリシリコンの作り方は鋳物と原理が同じです。従って鋳造法(キャスティング法)と呼ばれます。角型のるつぼの中でシリコンを高温でとかし、徐々に冷却し固めます。これをスライスすれば四角いウエーハが出来上がりです。四角くするのは太陽電池を隙間なく並べるためです。
 太陽電池は発電効率を少しでもあげる必要があります。そのためにポリシリコンは値段は安くても良質なものでなくてなりません。単に溶かして固めるだけではだめで、その間に発生する原子の並びの乱れ(空孔・欠陥)や内部の力(応力)を極力低減させる研究が必要となります。

「液晶ディスプレイ」

 液晶ディスプレイ(LCD)では、最近「低温ポリシリコンTFT-LCD」という言葉がカタログに現れ始めてきました。デジカメやビデオムービのモニター画面に使われています。小さくてもきれいなのが特徴です。ノートパソコンにも搭載されはじめました。いづれも電気屋さんでみることができます。
 LCDのどこにポリシリコンが使われているでしょうか。LCDは二枚のガラス板に、液晶と回路をサンドイッチしてできています。LCDの表示は点(画素)の集まりです。その一点一点にスイッチとなるトランジスタがついています。薄膜トランジスタ(thin film transistor: TFT)と呼ばれます。れっきとした半導体です。 従来はガラス板にアモルファスシリコンの膜を付け、これを加工してTFTを作っていました。アモルファスは結晶でないもの(非晶質)で、多結晶よりさらに安価です。しかし、電流を流しにくいので、TFTを小さくできない、スイッチのスピードが遅いといった問題がありました。ここでいう電流の流れやすさは、半導体では「移動度」という用語で表わされるものです。 ポリシリコンに代えると電流が流しやすくなり、結果としてTFTを小さくすることができます。同じサイズのパネルなら画素を増やすことができ、細密な画面ができます。
 ポリシリコンを使うともう一つ良いことがあります。LCDパネル上のたくさんのTFTをオン・オフするには、それをコントロールするための集積回路が別に必要です。集積回路とLCDの間には膨大な数の線がつながれていました。LCDのパネル上に集積回路をつくれば線が不要になるはずです。値段も下がり、故障も減ります。ポリシリコンに置き換えることでこれが可能になりました。
 ポリシリコンの作り方は結構大掛かりです。まずガラス板の上にプラズマCVDと呼ばれる方法でアモルファスシリコン膜をつけます。厚さは50 nm(0.00005 mm)というとんでもなく薄いものです。この膜に強いレーザ光を照射します。アモルファス膜は光を吸収して温度が上がり、溶けて固まるときに多結晶ができます。下地のガラスは透明で光を吸収しませんから、温度も上がらず、溶けることがありません。それで低温ポリシリコンと呼ばれます。

良質なポリシリコンをつくるには、膜が溶け、その後固まって結晶ができるのを、精密にコントロールする必要があるます。レーザ光が当たるのは10ナノ秒(0.00000001秒)という短い時間でから、容易なことではありません。結晶がなぜできるか?といった原点に立ち返って研究・開発を行う必要があります。

「ポリシリコンの夢」

 ポリシリコンは夢を見ませんが、その開発に携わる技術者の夢です。夢の一つは単結晶並みの性能、です。結晶の粒の境界、あるいは結晶の中の欠陥、といったものに焦点を当てた研究が進んでいます。またできるだけ大きな結晶粒を作る技術も開発されつつあります。  用途に対する夢としては、システム・オン・パネルがあります。ガラス板あるいはプラスチック板一枚の上に、CPU、メモリ、通信回路、LCDといったパソコンに必要な部品を作りこみます。これによりパソコン、電子手帳、携帯電話、ナビゲータといった機能が、すべてポケットに収まります。単結晶でできたたくさんの半導体部品を貼り付けてつくるより、はるかに安くできるでしょう。ほかにも何かできそうですね。一緒に実現しませんか。

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