面白い電子制御の話 その1

原子や微小な磁気構造を見る顕微鏡
原子間力/磁気力顕微鏡

カンチレバーの振動を見る模型を作ろう

2000.2.17
計測システム工学講座 縄手雅彦


はじめに

顕微鏡とういとあなたはどういうものを思い浮かべるでしょうか?接眼レンズと対物レンズが付いていて、スライドガラスやプレパラート上にある微生物や生体組織を観察している白衣の研究者でしょうか。もう少し大掛かりな電子顕微鏡を知っている人もいるかもしれません。電子顕微鏡では、観察する物体は真空の容器の中に入れられ、2万ボルトから100万ボルト程度の高い電圧により加速された電子を物体にぶつけます。物体を通り抜けた電子を集めて像を観察するのが透過型電子顕微鏡。ぶつけた電子の作用により新たに飛び出してくる電子を集めて像を作るのが走査型電子顕微鏡といいます。透過型電子顕微鏡は非常に小さなものまで観察することができるので、原子が規則正しく並んでいるような結晶ではその並び方を見ることができます。凄いですね。でも、それなりの透過型電子顕微鏡は大きな部屋が必要なくらいに大きくなります。ちょっと大掛かりです。

ところで、最近、物性研究においては上の物とは違う新しいタイプの顕微鏡がしばしば使われるようになりました。それらは、総称して走査プローブ顕微鏡と呼ばれています。特徴は、非常に小さな「てこ」(片持ちのてこなのでカンチレバーと呼びます)で試料(観察対象)を撫でるだけで原子の並び方まで「見える」高分解能でありながら、普通の机の上にぽんと乗せられるくらい小さくて、真空容器みたいなものもいらず空気中(や液体中でも!)で使用できることです。スイスのチューリッヒ工科大学で走査トンネル顕微鏡が発明されて以来、いろいろなタイプが登場して、今や物性研究には欠かせない「アイテム」となりつつあります。

ここでは、本学の地域共同研究センターに設置され私達が研究に利用している原子間力顕微鏡/磁気力顕微鏡について説明しましょう。

原子間力顕微鏡

原子と原子が近付いたらどうなると思いますか?これは、原子という10億分の1mというサイズの非常にミクロな世界の話です。混ざりあったり解け合ったりしないものどうしならば物と物が接触すると反発します。これは、原子を形成している電子どうしがあまり近付くと居場所がなくなるので離れようとするからなんですが、不思議なことに少し離れたところでは引力(引っ張りあう力)が働きます。(ファンデアワールス力とか分子間力と呼ばれています。)

そこで、非常に小さなてこの先にこれまた非常に尖った先を持つ小さな針を付けて観察したい試料に近付けると、試料表面とてこの間の距離により働く引力の大きさが変化します。その力を知ることができたら、てこと試料との間の距離が分かります。この距離と言うのは原子の大きさのレベルでの話です。

ですから、一番簡単な例で言うと、てこを一定の高さに保って試料上を横に移動させると、その線上の試料の凹凸によりてこに働く引力が変わるので、てこが左の図に示すように上下に動きます。レーザの光をてこに当てて反射する各度の違いによりてことの間の距離が分かり、試料表面の凹凸が原子サイズで測定できるわけです。これを測定したい表面すべてにわたって行う(このような動作を「走査する」と言います。「スキャン」の方が最近はわかりやすいかもしれませんね。)ことにより、試料表面の凹凸が像として観察できるようになりました。

小さなてこという「プローブ」で試料表面を「走査」するので、走査プローブ顕微鏡と言うわけです。話がややこしくなるので、原理はこのくらいにしますが、もう少し詳しく知りたい人はマイクロエレクトロニクスと言う授業の私の講義録を御覧ください。

磁気力顕微鏡

原子間力顕微鏡は分解能では走査トンネル顕微鏡に劣ると言われることが良くあります。単純な比較はしにくいですが、システムが複雑になるのでそれだけ難しい、と言うことはあるでしょう。では、なぜ本学では原子間力顕微鏡を入れたのか?それは、てこを変更するだけで容易に「磁気力顕微鏡」に変更できるからです。

さきほど、てこと試料との間の力を見ると言う話をしましたが、試料が磁性体でてこの先の針も磁性体の場合、磁石どうしをくっつけた時のように引力や反発力が働きます。それを測定することにより、試料の磁気的な状態がどうなっているのか、観察することができるわけです。右に図で示しましたが、磁気力顕微鏡の特徴は、原子間力顕微鏡で表面の凹凸を観察しながら同時にその部分の磁気的な情報が得られることです。でも、言葉であれこれ言っても難しいので、観察例をお目にかけましょう。

左の図はパソコンには最近必ず入っているハードディスクを観察したものです。写真が左右に二つ並んでいますが、左側が原子間力顕微鏡で見たディスクの表面、右側が同時に磁気力顕微鏡で見た記録状態です。この図では一辺が10μmとなっています。左側の表面写真では画面の縦方向に筋状の凹凸があることが分かります。これは、ディスクが止まっている時にヘッドがディスク上に降りるのですが、回転が始る時にヘッドとディスクがすぐに離れるように(癒着しないように)接触面積を減らす目的でわざと入れられている構造です。

右側の磁気構造は実際にハードディスクに記録されている「1」と「0」のディジタル信号の列です。縦方向に列ができていますが、それがディスクの回転方向です。記録されている信号が「1」から「0」へ、また、「0」から「1」へと変わるところで濃い色や薄い色の模様ができます。その時にてこに引力や反発力が大きく働くからです。記録されているビットの大きさは、4.5μm×0.3μm程度で、かなり小さいものでも磁気的な情報が観察できることが分かります。

ただし、このディスクは古いので今市販されているディスクにくらべると記録密度が低い、すなわちビットが大きいものです。最近の高密度ハードディスクではビットはこれに比べて数十分の一以下と小さくなっています。でも、ディスクを壊すのがもったいないので観察していません^^)

てこの模型による観察原理の理解

さて、ここからが今回の本題です。上のような微小な磁気構造が観察できるのには、測定システムにすばらしい精度が必要です。なぜ、そのように精度良く測定できるのか、いろいろありますが、秘密の一つはてこに働く力を直接測定するのでは無く、振動数の変化に変えて測定していることです。

振動数と言うのは、実は、人間がもっとも精度良く測定できる量なのです。では、どうやって力を振動数に変えるのでしょか?仕組みは、簡単です。まず、てこを約70kHzという振動数で常に振動させます。このような仕組みを「共振」といいますが、その状態でてこに力が加わるとその振動数が変化するので、その変化を測定する、と言うわけです。で、その様子は自分で簡単な模型を作って確かめることができます。以下に作り方を示します。

用意するもの

私は、近くのジュンテンドーで材料を揃えたので、0.5mm厚のアルミ板、と、棚やアングルをとめるための金具、ねじを用いました。しめて、1700円の出費です。遊びにしては、ちょっと高いですね。(授業の実演のためだったので自腹で買いました。)幸い、磁石だけは研究室にたくさんあるので、よりどりみどりでしたが、これを見て作ろうと言う人はホワイトボードに紙をとめる丸い磁石の磁力の強めの物が良いでしょう。

磁気力顕微鏡のてこは上下に振動する構成ですが、重力の効果を取り除く、OHPを使って授業中にスクリーンに投影できるようにする、操作しやすい、と言う観点から横に振動する構成にしました。金属の板を短冊状に切って、先に磁石を一つくっつけます。アルミだと少し剛性が足らないのでできればステンレスの方がいいのですが、そうなると加工が大変で「痛し痒し」です。次に、磁石をつけていない方の短冊の端を止める細工をします。やり方はいろいろですが、ポイントはきっちりと固定する、ということで、ここがぐらぐらしていると振動エネルギーが吸収されるので、うまく動作しません。止める部分は短冊をピンと弾いて振動が長続きするくらいの長さを探しながら決めます。今回の場合の完成品の写真を示します。

アルミの板では剛性が不足するので、長さは15cmくらいが限界のようですが、このてこの長さは長い程振動の様子がゆっくり観測できるので望ましいです。また、先に付けている磁石はある程度重い方がやはりゆっくり振動するので、好都合です。今回用いたSmCo磁石は非常に小形で強力だったため、重り代わりに鉄のナットを付けました。

さて、この模型の遊び方ですが、非常に簡単です。指でこのてこをびよ〜んと弾いて、しばらくびよんびよんと振動させます。そこに、別に用意した磁石を近付けます。磁石は向きによって、てこの先の磁石と引っ張りあったり、反発しあったりしますが、引っ張りあう時にはてこの振動がゆっくりになりますし、反発の時は振動が早まります。模型のサイズにもよりますが、この変化は目でハッキリ見える程大きいです。どうでしょうか?実感できましたか?このような原理で先ほどのような微細な磁気構造が観察されたと言うわけです。

まとめ

今回の面白い電子制御の話はいかがだったでしょうか?模型を作る暇もお金も無い、と言う人はうちの研究室を訪ねていただくと、実物を御覧いただけます。また、めでたく、うちの研究室に配属されると、模型なんかでは無く本物の原子間力顕微鏡/磁気力顕微鏡の操作もできますので、是非とも御贔屓に、よろしくお願いします。御感想などは、

nawate@ecs.shimane-u.ac.jp

まで、いただけると幸いです。こちらもよろしくお願いします。

えっ!なぜ、振動数が加わる力で変化するのか説明が無いって?!

それは、そのうち、池田先生や村上先生が教えてくれるでしょう^^)


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